昨日は、嵯峨嵐山方面へ大覚寺特別拝観を目的に散策に出かけた。嵯峨嵐山駅を9時に出発し、戻ったのが15時。
6時間の散策。かなり疲れた。
コースは、広沢池、直指庵、大覚寺、化野念仏時、祇王寺、清凉寺のコース。
JR大津駅を8時28分発に乗り、JR嵯峨嵐山駅に9時着。400円。わずか32分で到着。
まずは、広沢池方面へ。丸太町通りを東へ。広沢南野町の交差点を左折し遍照寺へ。
遍照寺の北側には富岡大明神が小山にあった。地元の人が熱心にお参りしていた。
更に北上し広沢池へ。
広沢池の前の道は一条通り。まだオープン前だっだがお食事処も。
広沢池東側に平安郷という宗教団体が保有とか。パンフレットをもらい見ると教祖は岡田茂吉。熱熱海のMOA美術館と同じだとか。春と秋に特別公開があるとか。守衛の人は春の桜の時は相当な人が来られるが、紅葉の秋は分散されるせいか穴場だそうだ。
広沢池を一周できるか守衛さんに聞いたらできないとかで行けるところまで行ってみた。
実は、この写真を撮る前に、シラサギが飛びだったが静かな池面にその姿が映り2羽が飛んでいるように見えた。非常に幻想的であった。残念!
元に戻り池の西側から北上。田圃では稲刈りをしている人が多く見られ、田圃の向こうには山々の見え非常にのどかな風景。
田圃でシラサギものんびりとしていた。
池を過ぎ更に北上すると後宇多天皇陵が、静かな森の中にたたずんでいた。
天皇陵の入り口にある池ではシラサギが餌を狙ってたたずんでいた。守り神みたいに見えた。
短いが天皇陵への参道。両側に池がある。
天皇陵を過ぎ西に向かって歩いていくと、東南の方向に京都市内が。
更に歩くと直指庵という看板が。そこを右折して北上。
すると平屋の豪邸がこんなところに。唖然!
更に行くと庭にきれいな花が。
更に大きな瓢箪が吊るしてある。
更に行くと直指庵がひっそりと。
臨済禅を学んだ独照性円が南禅寺から1646年に草庵を移したのが始まり。幕末に近衛家老女津崎村岡局がこの地に入り、浄土宗の寺として土地の子女の訓育に尽くしたとある。
とっても静かなお寺。中の小道には蜘蛛の巣があり、あまり観光客が来ないことがわかる。
本堂の庭
本堂を出て左にいくと可愛らしい地蔵が。
その横には竹の庭が。
但し。あまり手入れができていいなく残念。
道場
直指庵を出て看板が出ていた道に戻り、右折し嵯峨天皇陵方面へ行く。
途中に豪邸があり、花がきれいであった。
更に行くと嵯峨天皇陵が。
残念なことに土砂崩れで参道が通れず入ることができない。完成は2年後だそうだ。
更に行くと大覚寺門前の東西の道。
その道の家。相当古いが手入れはされている。
漸く大覚寺へ。
門までなかなかのもの。
わかりずらいが、今度結婚する人が写真を撮っていた。和服と着物。
大門から入る。
入ると大玄関に
玄関を過ぎると建物の間に庭がいくつもある。苔が暑さにやられた感じがした。
大覚寺は広い。
五大堂を出て特別拝観の心経宝塔へ。
内部には、四国八十八所霊場を一気に回れるようになっており、それを一寺院ずる砂を踏みながら拝む。八十八回拝むのもなかなか疲れるが、実際に回ることを考えればやむを得ない。
それが終わると真珠でできた宝塔を見る。300円。
大沢池
池にある庭石。
左が庭湖石で右が天神島。
庭湖石の右側が菊ヶ島
この天神島、菊ヶ島と庭湖石の配置が華道嵯峨流の基本形だそうだ。
大覚寺を出て西へ。
田圃の向こうに茅葺の家が。なんだろう?その後ろの山の中腹が嵯峨天皇陵。
更に行くとこんな豪邸が。
漸く清滝道にでたところにある手打ちうどん「さが美」を発見。三色たらいうどんを食べる。
三色とは、大根おろし、温泉玉子ととろろ。
少し濃い出汁をそれぞれのお椀にかけて食べる。
うどんは稲庭風のうどん。冷たくて美味しかった。
たかなわご飯を追加でお願いした。
お腹も満足したので、元気よく祇王寺方面へ。
するとこんなところに豪邸街がありビックリ!つい写真を撮ってしまった。
この山が送り火の鳥居形の場所
漸く八体地蔵の場所までたどり着いた。ここからは観光客の姿が目に付く。
化野念仏寺の方面に歩いていく。
ここが化野念仏寺の入り口。
今度妻と行くことになっているので入口まで。
Uターンして祇王寺方面に南下していくと後亀山天皇陵とあったのでそちらへ。
元に戻って祇王寺方面へ更に南下すると、過度にこんな表示が。
祇王寺方面に登って行く。
残念ながらここでカメラのバッテリーが切れてしまった。
ここから清流寺を通りJR嵯峨嵐山駅へ、疲れた足を引きずりながら歩いていく6時間の散策。
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