2023年3月14日火曜日

3月8日秦野観光ボランティアと歩く 矢倉沢往還②ハイキング

 2023年3月9日木曜日14:30 快晴

昨日8日水曜日は秦野観光ボランティアと歩くウォーク。テーマは矢倉沢往還を歩く②だ。秦野駅から出発して新松田駅までの間を歩く。

自宅から自宅まで約25千歩 、約19キロのウォーキング。天気は最高、まさにウォーキング日和であった。

7:50 開成駅からみた朝の富士山。


今日の歩くコース
8:36 秦野駅を出発。大山が綺麗に見える。トレッキングもよいな!

8:48 水無川と別れ旧246号線へと向かう。

246号線という名前は大山の旧標高が1246mに由来する。

8:54 馬頭観音。往時多くいた荷役用馬を、名馬鬼鹿毛(おにかげ)にあやかり供養したもの。 鬼鹿毛とは武田信玄の父である武田信虎愛馬。『甲陽軍鑑巻一によると体高は四尺八八寸148センチメートル)で、晴信(信玄)が鬼鹿毛を所望したが信虎聞き入れなかったとする逸話記している


珍しい4つの円形で支えている。
9:14 道祖神。ここでは道標も兼ねている。
人が歩いている方が往還


9:19 矢倉沢往還の説明文。相中留恩記略に記載されたこのあたりの挿絵

相中留恩記略とは、江戸時代、幕府や諸藩により、領内の状況を把握するため多くの地誌が編纂されましたが、「相中留恩記略」は名所案内的体裁をもった私撰の地誌です。 相模国内の徳川家康の足跡・逸話の紹介を中心に記述され、江戸の絵師長谷川雪堤が写生した各地の挿絵が収録されています。

9:33 六十六部供養塔 

六十六部廻国供養塔とは、あまり聞き慣れない言葉ですが、中世から江戸時代にかけて造立されました。僧侶、修験、行者などが大乗妙典(妙法華経)を書き写し、仏像と一緒に厨子に納めて、背負い国家安全、滅罪作善(さぜん)、追善回向などを願って全国(六十六国)を回りました。一国一箇所(国分寺などの由緒ある霊場)に奉納することを無事に終わらせて記念に建てられた石塔のことです。

すーぱ9:34 JAはたのの「じばさんず」で休息。
二の塔と三の塔
二宮尊徳の思想を広めた安居院(あぐい)庄七の碑。

七安居院(あぐい)庄七は1789年〈寛政元〉に蓑毛の神成(しんじょう)家の次男として生まれ、曽屋村十日市場の雑穀荒物屋(ざっこくあらものや)をしていた安居院家の養子となった。1842年〈天保13〉54歳の時に、下野国(しもつけのくに)〈栃木県〉桜町陣屋に居た二宮尊徳を訪ねた。面会はできなかったが、仕法等を学んだ。その後、尊徳の教えを伝え広めるために大阪まで旅をし、59歳の時、浜松地方を中心に報徳社を創立した。1863年〈文久3〉75歳の生涯を閉じた。墓は、浜松市の浄土宗・玄忠寺にあり、秦野市元町の妙相寺が安居院家の菩提寺である。

JAの設立の思想は安居院庄七の考えと同じであるとの説明
たばこの基礎を築いた関野作次郎の碑


10:26 少し早いが、渋沢駅の南側にある国栄稲荷神社でランチ休息

市内最大の大山道道標。道路工事のためここに移設、その際標に彫られた方向を無視して設置したため小田原の方向は違う。

神社の前にある木蓮
建立時期は不詳。境内には、1971年(昭和46年)に秦野市の天然記念物に指定されたイチョウがあります。高さ25m、幹回り約4mもある大木で、樹齢は約400年余りと言われています。
毎年、11月末になると、境内はイチョウの落ち葉で、黄色のじゅうたんを敷きつめたようになります。
この稲荷神社は昔から養蚕農家の信仰が厚く、かつては2月の午(うま)の日に競馬の神事が行われ、賑わいを見せていたそうです。
大イチョウ

確かにでかいイチョウだ!
道標に彫られた案内。ここにも相中留恩記略からの挿絵がある。
今日の私のランチ。一日の必要な栄養素を取り入れたパン。他にソーセージとお菓子で昼食。
裏面に書かれた栄養素一覧。
ランチ後に参拝

でかいイチョウだ
 
11:19 国栄稲荷神社を出発し西の方向へ行くと坂道の途中にあった説明文
11:20 ≪二つ塚≫ その説明文の横にある碑 堅牢大地神  文化14年(1817年)
右 大山 十日市場 左ふし さい志やうしみち
報蒼天 

・庚申塔(青面金剛像)
・富士浅間大神碑
・富士講塔 報蒼天 三十三度
11:25 出羽三山供養塔
11:33 途中にあった案内
茶屋は坂道が終わる辺りにあった。写真の奥の電柱辺りで坂道は終わる。
レンギョウか、よく分からない?
坂道と書かれた道が通れないので遠回りだが一旦北に下り四十八瀬川に出る。
ミツマタ
下り道の途中にあった石仏

11:57 四十八瀬川に到着。ここから川沿いに松田町方面に向かう
たまたま小田急線ロマンスカーが来た!




大山方面
12:21 通行できなかった道を来ればここに出てくると。
ここにあった橋が流されて、復旧の見込みは無いそうだ。
12:36 寄萱沼(かやぬま)神社 もともとは萱沼神社であったが松田町の寄(やどりぎ)神社に合祀された。

合祀されたため山神社の祠が残る
タブノキ
かなりでかいタブノキ


四十八瀬川
この先から川音川となる
12:50 頭高(づこう)山への上り口。山ヒルが多く大変との話。

上り口に生えていた四方竹(しほうちく)
13:14 下河原供養塔 この辺りは古戦場、このため鍬を入れると苦しむと伝わる

供養塔の辺りは東名高速大井松田ジャンクションの下。
13:22 下茶屋(しもっちゃや)にある道標

13:32 真ん中の双体地蔵(松田町では一番古いらしい)と道祖神などの石仏
双体地蔵

13:49 最終目的地の曹洞宗延命寺

萬松山延命寺といい、開山は文明4年(西暦1472年)久野村総世寺3世宗箇和尚(曹洞宗)です。開基は小田原北条氏家臣の遠山丹羽守直景です。
 余談ですが、時代劇に出て来る桜吹雪の刺青で有名な遠山金四郎はこの遠山丹羽守直景の直系にあたる人です。
 このお寺には明治6年(西暦1873年)、松田小学校の前身となった貫穿舎が設置されました。これは以前からの寺子屋のつながりと思われます。
 参道や境内には万霊塔、禁碑、山王権現塔などの石塔が数多くあります。
 例祭は初観音(1月18日)、牡丹祭り(4月29日)、四万八千日〔しまんはっせ〕(8月9日)の三大祭りがあり、他にだるま市(12月28日)などでもにぎわっています。




ポックリ弁天堂

お参りするとポックリと死ねるそうだ!ありがたい。

延命寺え解散。一日快晴。ウォーク日和であった。

帰りは新松田駅から歩いて隣の駅開成駅まで徒歩で帰る。

暑いはずです、23度の標識

14:14 川音川。この先で酒匂川と合流
14:24 酒匂川にかかる足柄大橋からみた下流方向
14:29 酒匂川の土手。日々のジョギングコース。

 一日充実した日であった。

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