2026年2月18日水曜日

2月15日南足柄市観光ボランティアと歩く 世づく百万遍念仏と川端康成ゆかりの東光院を訪ねて

 2026年2月15日日曜日

今日は南足柄市観光ボランティアと歩くに参加。世ずく(山北町にある丹沢湖ダム建築で湖底に沈んだ集落)百万遍念仏と川端康成ゆかりの東光院を訪ねてに参加。

小田急線新松田駅集合のため開成町の自宅を出、徒歩で酒匂川の土手を行く。 

7:41 土手からの景色

カワウが朝の会議か 

大山方面
富士山と矢倉岳
小田急の電車が酒匂川の鉄橋を渡っている。川にはキャンプの人が。 
酒匂川の対岸に渡り富士山とキャンパーを見る
今度はロマンスカーだ。
スポーツ公園と富士山
スポーツ公園の向こうに電車が
8:00 酒匂川に流れ込む音無川の石橋を渡る
8:08 小田急線と御殿場線の交差
するとロマンスカーが来た!あっという間に通り過ぎた!
8:09 新松田駅に到着 。今日は天気が良いので登山客が多い!
 
9:07 JR東海御殿場線の松田駅にへ向かう。
9:10 御殿場線松田駅ホームから見た松田山の桜
同、富士山
御殿場線から小田急線への分岐線路
9:15 偶然にも御殿場線乗り入れのロマンスカーが来た。
出発!
分岐線へ

分岐線へ
9:49 山北駅の巡回町営バス

10:02 駅のホームにこんな碑が。気が付かなかった!

10:10 こんな碑も

万随庭中(まんずいていちゅう)」は、神奈川県足柄上郡山北町にある地域スポットや道祖神祭りに関連する場所の名称です。
具体的には、山北地区の道祖神祭りで花車(山車)を出す「宮万庭(みやばんてい:宮地庭と万随庭で構成)」の一部である可能性が高いです。
  • 場所: 神奈川県山北町山北
  • 特徴: 境内にある郷土スポットで、平成7年7月に建立された野仏に「万随庭中」の彫刻文字がある。
  • 関連: 山北地区の道祖神祭で、近隣の「万随坂(まんずいざか)」も通る花車の巡行が行われる。
道祖神祭りは山北町で江戸時代から続く伝統行事であり、万随庭は地域の氏子たちによって守られている地区(庭)の一つです。
 
万随庭中(ばんずいていちゅう)」という表現は、一般的な四字熟語や辞書に載っている慣用句ではなく、特定の場所の石碑や彫刻に刻まれた文字である可能性が高いです。
検索結果によると、神奈川県山北町にある「野仏」にこの文字が刻まれています。
この言葉自体の正確な出典や意味は公的な辞書には明記されていませんが、構成する漢字の一般的な意味から以下の要素が含まれていると推測されます。
  • 万(まん): 数多いこと、すべて、非常に。
  • 随(ずい): したがう、まかせる、~のままに。
  • 庭中(ていちゅう): 庭の中、庭の内部。
漢字の意味を合わせると、「すべて(の物事・心)が庭の中の自然な様子に従っている」や「庭の中で、あるがままに随う」といった、自然と調和した静かな境地や、仏教的・禅的な静寂を表している言葉ではないかと考えられます。
 

 

10:14 水屋

10:19 室生神社到着

室生神社(むろうじんじゃ)とは、神奈川県足柄上郡山北町にある神社。

現在は南東隣りの松田町にある寒田神社の兼務社となっている

新編相模国風土記稿』によると、元々は中川(現・丹沢湖の北方)にあったものが、天正8年(1580年)に現在の山北町の南東部である岸地区に遷座し、その後更に現在地遷座したとされる

1909年(明治42年)3月1日に川村内の無格社27祭神を合祀し、郷社となった。室生神社の例大祭(11月3日)で神事として行われる流鏑馬は、神奈川県指定の無形民俗文化財になっている。流鏑馬は鎌倉と違いすぐそばで見られるので圧巻である。 





10:50 途中の民家に飾ってあった。なんだろう?

10:54 川端康成ゆかりの寺、東光院に到着。

神奈川県足柄上郡山北町にある東光院は、聳え立つ丹沢の山々を背後にし、関東では墓相寺として屈指の名寺院。川端康成公ゆかりの寺でもある。院内すべての墓は墓相学に基づいて建てられている。

寺の近くにある洒水の滝は日本百の滝に選ばれている。この滝から湧き出る水の水質が特に優れ、全国名水百選にも選ばれている。鎌倉時代、頼朝に挙兵を勧めた僧・文覚がこの滝で百日の荒行をした場所と伝えられる。文覚をしのんで昭和56年に東光院が竹林を切り開いて、最勝寺という別院を開山した。ここで毎年7月第4日曜日に洒水の滝の祭りが行われている。

川端康成の永代供養塔

東光院の先代住職が鎌倉で修行している時に川端康成先生の自宅を托鉢。その縁でその後も交流が生まれたと。先生が亡くなったときの戒名を付与する際、当初は先代が行う予定だったのを書道仲間の天台宗の今東光大僧生がしゃしゃり出てきて、強引にその地位を奪ったとか。そのため、先代と今東光及び先代が戒名をつけるのに京都知恩院にお願いしたこともあり、三つ巴の関係になり、先代が頭を下げて仲裁したらしい。

ところが先生の奥さんが 今東光がつけた戒名を嫌い(孤独の孤が戒名に入っていたのを嫌ったとか)先代に再度依頼したため、先生の戒名は二つある。

先生と先代の関係を知る先生の奥さんは、先生が使っていた品々(筆や仏具の五鈷杵(ごこしょう、文鎮代わりに使っていたもの。)東光院に寄贈。さらに先生が持っていた三島由紀夫の位牌をも東光院に寄贈し、今も置いてある。



先生が文鎮代わりに使っていた五鈷杵(ごこしょう)

クジャクの羽根で出来ている筆
先生が持っていた聖徳太子像
写真の子供は現住職
先生が書いた書
先生が付きだった阿修羅像
先生の奥さんが寄贈した天蓋
三島由紀夫の位牌



11:45 小田原の荻窪用水(おぎくぼようすい)開発の功労者である川口広蔵(かわぐちひろぞう)は、江戸時代にこの地域の用水開発に尽力した。

この地出身の川口広蔵は救済事業として用水の開削や管理を行い、その功績を称える「川口廣蔵翁頌徳碑」が市方神社にも建てられている。



12:43 世ずく百万遍念仏が行われる能安寺に到着。三保ダム建設により旧能安寺は水没。その代替地として隣接する香集寺の敷地の一部に移築された。

山北町で開催される四大祭りは、地域を代表する歴史的なお祭りや伝統芸能は、この祭り以外にも以下のものが挙げられます。これらは古くから伝わる神事や地域文化の継承として重要視されています。
  • 室生神社の流鏑馬(むろうじんじゃのやぶさめ)
    • 特徴: 毎年11月3日に室生神社の例大祭で奉納される。鎌倉時代から続くと言われ、県指定の無形民俗文化財。秋の山北を代表する勇壮な神事。
  • 山北のお峯入り(やまきたのおみねいり)
    • 特徴: 山北町共和地区に伝わる、修験道の儀礼が芸能化した民俗芸能。ユネスコ無形文化遺産「風流踊」の構成要素の一つ。
  • 山北地区の道祖神祭り(花車・神輿巡行)
    • 特徴: 1月11日頃に開催され、花車と神輿が山北駅周辺を巡行する、新年の伝統行事。

 

見えている寺は隣の香集寺。

曹洞宗寺院の能安寺は、通永山と号します。能安寺は、元亀3年(1572)に創建、香集寺5世行翁(慶長6年1601年寂)が開山したといいます。

能安寺は、昭和44年に計画された三保ダム造成に伴い、当地へ移転。世附の百万遍念仏は、三保村(旧世附村)で毎年行われていた仏事で、当地へ移転後も続けられ、神奈川県無形民俗文化財に指定されています。

道場(二間四方の板間)の奥正面に大滑車が作りかけられこの滑車に大数珠の綱がかけられる。
念仏衆の念仏声にあわせて、若衆が交替で豪快に数珠を廻し一年間の無病息災を祈るという。
この大数珠の大回転が特色であり、中心行事である。
念仏が終わると、伊勢大神楽系の継の神楽が奉納される。
一、剣の舞 二、姫の舞 三、幣の舞 四、狂いの舞
五、二上りの舞 六、姫の舞 七、鳥刺しの舞
以上で他に類を見ない多くの特色を持ち、郷土の貴重な民俗文化財として保護するものである。







神奈川テレビで3月20日に放映される。私も映っているかな?
大数珠
神楽で出てくる
神事が始まった

大数珠を回すところ




 
大数珠回しは終了したが、座っていて足がツルはしびれるはで退散。神楽は辞退。 

14:08 隣の香集寺へ。

曹洞宗寺院の香集寺は、如意山と号します。香集寺は、僧永相(長享元年1487年寂)が当地にあった観音堂に応仁元年(1467)寄宿、幽邃を愛でて一滴庵と号して創建・開山、その後僧宗孝(天文2年1533年寂)が末寺を配置し、当寺を香集寺と改号したといいます。







14:22 帰りは酒匂川の土手沿いに松田町方面へ歩いていく。

矢倉岳方面
小田原方面(川下)
14:51 開成町へ向かう十文橋の上から見たスポーツ公園
松田町の桜まつり会場

酒匂川にかかる小田急線

次は開成~という声が聞こえそうだ。
たまたま新宿行ロマンスカーがきた。


酒匂川の治水対策の九十間堤防
またロマンスカーが!

増水した川の水をこの地にためるためにところ
車の所に土手が切れている。増水した水をここから山北方面に流し込み、酒匂川の水量を減らす。
カワウが一人で。

 今日は、東光院や百万遍念仏という大変興味を引くテーマが多いウォーキングであった。幹事に改めて感謝したい。