2013年7月21日日曜日

7月20日立命館へ

2013年7月21日日曜日9時33分 快晴

昨日は、立命館大学の公開講座へ。
JR円町駅を降りて一路立命館へ。
丸太町通りを西に向かい馬代通りを北上。嵐電を越えて50メートルほどのところに堀川天皇火災塚を発見。前回は気が付かなかった。

そのまま北上し、上立売通りを左折し立命館へ。
下の写真の通り、土曜日とはいえ学生が結構往来していた。



















昨日は、立命館大学の公開講座へ。
JR円町駅を降りて一路立命館へ。
丸太町通りを西に向かい馬代通りを北上。嵐電を越えて50メートルほどのところに堀川天皇火災塚を発見。前回は気が付かなかった。

そのまま北上し、上立売通りを左折し立命館へ。
右の写真の通り、土曜日とはいえ学生が結構往来していた。






末川記念館で、第三回目のミャンマー講演会。
テーマは「本当に民主化するか」。
講師は京都大学東南アジア研究所准教授の
中西嘉宏氏。

話方はなれており理解がしやすかった。

独立から現在に至る歴史を面白おかしく且つ経験をも踏まえて話をしていただいた。
そのうえで現在の課題を説明。
今後についてはテイセイン大統領の政策を読み切れなかったこともあり予想は現時点ではしないとのこと。前回は大幅に外したらしい。
次の総選挙までに社会基盤の充実と経済発展の道が引けるかが勝負で、そう上で絶対権力を持つ軍司令官がどのような政策を打ってくるかが分かれ道。
スーチーさんの大統領就任は現在はできないが、総選挙の結果で憲法改正ができればその可能性もあり得るとみている見たい。

終了後、興銀大阪支店時代の部下である旧姓久保さんが夫と開いた串揚げ屋の「万年青」へ。

立命館の北門からきぬがさ通りを東へ。
途中で廬山寺通りを東へ。
西大路通りを北に曲がり、お腹が空いたので左の写真の店でおはぎを食べた。結構美味しかった。

安産の神さんで当分は関係ないが、隣のわら神社へ行き参拝。














また廬山寺通りに戻り東へ。千本通りを越えて鞍馬口通りへ東進。

途中に船岡温泉という銭湯が。
結構家族等が出たり入ったりしていた。さぞ有名なのか。








また廬山寺通りに戻り東へ。千本通りを越えて鞍馬口通りへ東進。
大宮通りで左に南下して暫く行った左側の店が目的地の
串揚げ屋万年青(おもと)。

一階がお店で2階が住居。

















左がカウンターで奥に3席。







御品書きの挨拶状。















御品書き。
今回は定食コースとおまかせ野菜の盛り合わせ。グラスワイン。
串揚げは美味しかったが、量的に少し控えめ。
おはぎを食べておいて良かった。

大津の方が価格面と量から満足感があるが、やはりここは京都!
京都価格なのかと思った。
少し物足りないが、元部下の店応援をしたい。



2013年7月19日金曜日

7月17日から横浜へ

2013年7月19日金曜日17時5分 快晴

17日の早朝5時15分に家を出て、一路横浜へ。
妻が久しぶりに新名神で運転。420キロを二人で運転すると楽!足柄PAで交代。
下りのトンネルの中でパトカーにスピード違反でゲットされた!
80キロ制限を108キロ出ていたと!亡くなった吉川さんが警告してくれたと思ってサイン!
その後はおとなしく運転。11時頃到着。

故吉川さんのお通夜へ。次女夫婦が同伴!
翌日は告別式。長女夫婦が来てくれた。感謝。
告別式では、運良く棺を担ぐことができ、ありがたかった。生前に受けた恩に少しで報えたらと思って担いだ。

夕食は川部さん夫婦と食事会。コンコンを偲んで乾杯!

今日は横浜を8時過ぎに出て一路自宅へ。
今回はルートを変えて、名神へ。豊田ジャンクションから名古屋インターは久しぶり。
名古屋から米原も大変久しぶり!そこから先も相当前。

名神は緑も多く運転は楽てあった。混み具合をみて今後は選択の余地ありか。

2013年7月16日火曜日

7月15日リベンジ祇園祭り

2013年7月16日火曜日8時30分 晴れ

日課のスロージョギングの後、天孫神社へお参り。
いつもお願いしているY氏の病気回復祈願。今日は結果の報告。
14日に享年64歳で亡くなったと報告。私の祈願が足らなかったのかとつい愚痴を!
でも苦しかったであろう闘病生活も最後は安らかだったことを報告しお礼!

ところで、昨日はY氏の供養も、勝手に兼ね祇園祭のリベンジへ。
夕方四条へ。相変わらずの人人人!
やはり最初は長刀鉾へ。
左の写真は、橋弁慶山。








鯉山あたりで見かけた帯で作られた275匹の鯉。
譽田屋源兵衛。

雄大で素晴らしい。さすが祇園と感じた。




























ぶらり散歩をしていると祇園を祝う旧家が。これぞ祇園祭りだと思う。

三条通り西洞院通りあたり。


















 













堀川通りまでぶらり。六角通りを東へ。道が細いので後ろから来た車を妻と避けたが、何のお礼もなく立ち去る京都ナンバー!大津もそうだが京都も車のマナーは今一。東京の方がマナーは良い。
散歩をしていると西洞院通りで偶然本能寺跡の碑を発見。ここかと感激!
写真がぶれたのは残念!







四条通りを東へ歩いていたら女の子一隊が!あわてて写真を撮る。郭巨山だと思うが踊っていたらしい。見られなくて残念。











郭巨山あたりか(よくわからない)












   


 

リベンジの函谷鉾。
 


 
 
夕食は大津で。
MOOで祇園祭りへ行ってきましたというと以外に冷めた反応。
大津の人にとっては大津祭りで山が出る。山は大津が先ということらしい。京都に遅れを取ったということで冷めているのか。
マンションの人も意外と冷めていたのを思い出す。
 
祇園祭をみて巨大な縁日という感じ。地元の人は当然違うと思うが、縁日を利用して販促をという感じ。でも平安京から続く京都の都のイメージがこれほどの人を集めるのであろう。
大津は大津京はたったの5年。比べられるものではない。

  





 

2013年7月14日日曜日

7月13日立命館公開講座

2013年7月14日日曜日8時53分 雨

昨日は早昼を食べて立命館へ。
出るときは雨は降っておらず曇っていただけだが、山陰線の円町駅を降りたらスコール!
どうしようかなと思い眺めながらとりあえずトイレへ。出てくるとなぜか止んでいた。
道路は水たまり!!
今だと思い、速足で立命館まで歩く。嵐電を越え一時晴れてきて蒸し暑い。大津は雨、落雷とのこと。比叡山を越えるとこうも違うものか!

立命館の構内に入り末川記念会館へ。手続きを終え始まる前にトイレと思い席を立つと外は土砂降りの雨。見ていても面白いぐらいの雨。二時間後には止みますようにとお祈り。

ジェトロアジア経済研究所の工藤さんが講師となり、体験に基づくミャンマーと日本の新成長戦略と題し講演。

1990年代からのミャンマーの推移を簡単に説明。今回は2度目のブームとか。
前回は1997年のアジア通貨危機とアメリカの制裁発動で頓挫。

今回は、2011年のクリントン国務長官来訪、2012年のオバマ大統領来訪(この米国の意図については特に発言なし。米国にとってミャンマーは魅力があるのか、今の米国の投資も少ないのでよくわからない)がで流れが変わった。
現テインセイン大統領(軍ナンバー4がなぜか大統領に。このあたりの説明はなし)とスーチー氏の協力路線。お互いに必要としているのと認識で当面は改革開放政策が継続されるとの結論。

軍は憲法、立法機関等の統治機構を固め国内体制の維持に自信を持っているが国際世論との関係に問題が多くあった。スーチー氏は国際世論を背景に軍への働きかけをするが国内では今一歩。

テインセイン大統領は次々と改革を打ち出し、例えばメディアへの検閲廃止等々を行い成果を上げてきている。従来は観光客も来ないでくれという政策が最近は歓迎に変換。これは長期政権であったタンシュエ議長の引退が大きく影響しているとか。

ではスーチー氏が大統領になれるかといえば今の憲法規定ではなれない。在住20年はクリアだが、配偶者等親族に外国人がいると認められない規定がある。従って憲法改正が必要。軍が民族代表院と国民代表院でそれぞれ四分の一の軍人議員を有しており軍が反対すれば改正できない仕組みとなっている。これはスーチー氏の大統領阻止を念頭に作成されたらしい。
また軍事力をもつ国防・内務・国境の大臣の任命は独立した国軍司令官が持つこと。更に面白いのは軍の60歳定年制が厳格にひかれている。独裁者を出さないためとか。

知らなかったのは、タイよりも国土が大きいこと。統計はあやふや!大学は郊外に移転されたため高等教育が行われなくなったこと。これは軍が学生の暴動を防ぐために行われたが、自分で考える主張するという大学本来の機能を自らなくしてしまったということで将来への最大の汚点。

政府は海外へ働きに行っている労働者を戻そうとしているが、国内には産業がなく労働者は積極的にタイへ働きに行く。この状態を変えない限り国内産業はなかなか育たない。

以上の話を約2時間弱、ジェトロの立場で話があった。従って、国内政治情勢、米国、ロシア、中国の対ミャンマー政策についてはほとんど触れられなかったのは、今後のミャンマーと取り巻く国際情勢を見る上で残念であった。

講演を終えて質問をと思ったが、学生が講師を囲んで質問攻めにしている。良い傾向と思い質問は遠慮しアンケートに記入。
帰りは構内を見ようと思ったが雨。止む無くバス停に行き京都駅へ。
雨と祇園祭の影響か約1時間もかかった。雨なのにこんなに観光客が多いのはさすが京都と関心をして岐路に。帰りに司津屋のアンパンを駅で購入。あんこが詰まって重く美味しい!

2013年7月13日土曜日

7月12日JAで買い物

2013年7月13日土曜日9時16分 曇り

昨日は守山市のJAへ買い物へ。

大津から草津の国道一号線の渋滞を抜け、やっと目的地のJAおうみ冨士ファーマーズマーケットへ。一号線は通るものではないのが良くわかった。急がば回れである。

二回目の買い物。時すでに遅く野菜はすでにあまりない。
やはり平日でも午前中か。
物が新鮮で量及び品数も多く安いだけはある。



仕方なく、隠れた最大の目的であるジェラードを食べに隣の食堂へ。

この量で280円。美味しい。手前が黄粉風味。後ろが抹茶風味。
黄粉に抹茶をのせると更に美味。

この食堂のメインはバイキング。13時は過ぎていたが満席状態。


































前回買ったブルーベリーがとってもおいしかったがやはりなく帰りかけたら隣にブルーベリー農園が。売っている見たいなので買いに。

明日JAに卸す分を分けてくれた。ありがたい!








帰路に。同じ道もつまらないので、草津市内を通らず湖岸道路へ。
途中にJAがあったので、再度挑戦。前者程PRしていないのでここはまだ豊富にあった。
比較と思いブルーベリーを購入。

帰宅後食べ比べをしたが、前者の方がきりっとして美味しい。後者は普通に売っているものという感じ。

店内にコメの種類があったので写真に。

最後の写真は周りののどかな景色。

だが暑かった。37度はある。























2013年7月11日木曜日

禅華院

2013年7月11日木曜日8時46分 今日も快晴。36度の予想


9日に行った修学院離宮を出て南下、曼殊院方面に歩いていくとすぐに変わったお寺があった。
禅華院(ぜんげいん)というお寺。
静かな道に沿って変わった門が。
門の上を見たら梵鐘。驚きのあまりなかに入り、右を見ると石仏2体。石仏がなかなか良い。庭があればほしい。
ネットで見たら臨済宗大徳寺派のお寺で、もともとは比叡山三千坊の一つとか。

ここで一休み。
本当は曼殊院へ行こうと思ったが鷺森神社から北山通り方面へ、暑さで疲れて降りてしまった。次回の楽しみにとっておきたい。



(参考)
修学院離宮の南西に位置する禅華院(ぜんけいん/ぜんげいん)は、号は解脱山という。
 臨済宗大徳寺派、本尊は釈迦如来。
◆歴史年表 かつては天台宗であり、比叡山三千坊の一つだったという。この地一帯は、比叡山の西側にあり、大津市の坂本(東坂本)に対して西坂本(西の坂本)といわれ、延暦寺の末寺が多数存在していたという。
 江戸時代、寛永年間(1624-1643)、大徳寺第170世・清厳宗謂により中興された。
 現代、1977年、雲母坂地蔵2体が比叡山雲母坂より遷された。

2013年7月10日水曜日

7月9日修学院離宮

2013年7月10日水曜日9時33分 快晴

昨日は修学院離宮の参観が認められたので、この暑さの中行ってきた。妻も認められていたが、暑さのせいで自主的に辞退。まあ、この暑さの中無理は厳禁!
確かに暑かった!!

京都駅から5番の市営バスで向かう。修学院離宮道で降りる。ここまで1時間310円。座りっぱなしで腰が痛くなった。帰りはバスは止めて地下鉄か京福電鉄かにと考えた。

バス停を降りて参道を行く。と言っても普通の道。道標は一か所あった程度。写真の木のところ。
まっすぐ行けば基本OK。づっとなだらかな登り、15分程度か。

桂離宮は駐車場があるが、ここはない。
手前にコインパーキングがある。
40年前、名古屋から車できて止めた記憶があるが、どこに止めたかは定かではない。






20分前にこの門を潜り受付へ。
総勢20名程度。
フランス人の30歳代後半の夫婦。
アメリカ人が3名程度。学生、退職者と思われる人など。

受付の人に40年前に来ましたといったら、ほとんど変わってないですよと言われた。









まずは、下離宮の「御輿寄」から中へ。
後水尾上皇もここを潜ったとか。









最初に寿月観へ。
一段高いところに上皇が座ったとか。













この扁額は後水尾上皇の宸筆。











下離宮を東門からでるとこの景色。
松並木に沿って行くと中離宮と上離宮に行ける。
その周りは田圃。
もともとは農民が保有していたが、開発が進んできたことで環境が変わるのを恐れた宮内庁が購入し、元の農民に貸しているとのこと。
今も農民が稲作をしており、この道を通ることもあるそうだ。
因みに松を植えたのは明治時代。それまではあぜ道であったとのこと。
写真には写ってないが左には比叡山が見える。

中離宮にある客殿。
奥に見える棚は「霞棚」で天下の三棚で有名。他は桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚。

中離宮の中の苔道。











上離宮の隣雲亭からみた浴龍池。池の中にある島が龍の形だそうだが、どう見ていも見えない。
手前の木々はいまだ刈り込みをしていないそうだ。今しても一週間で元の木阿弥。
夏が過ぎた頃に行うが今その刈り込みを練習しているそうだ。技術的には結構難しいとのこと。
40年目に来たときは秋で刈り込みがそろっておりすっきりしていた記憶がある。説明員も秋には綺麗になりますとのこと。


隣雲亭の一番左側にある板の間の洗詩台。
ここに座ると、裏にある滝の音が聞こえ、詩を考えるのに最適だとのこと。上皇もここに座り詩作に励んだそうだ。

右の写真の通り、木の後ろに滝がある。



















隣雲亭を降りて島へ渡る楓橋。さぞかし紅葉がきれいだろう。
















島と島を結ぶ千歳橋。










楓橋を渡った先にある窮邃亭(キュウスイテイ)。

外側には上に上げる雨戸。
中は下の写真の通り。
雨戸は薄い板で夕日が当たると中が赤く染まるとか。幽玄らしい。
一段高くなってL字型をしているのは3方を楽しめるように。













土橋を渡って行くと船着き場が。























池の西側の西浜から見た景色。左の建物は千歳橋。











































西浜から見た隣雲亭。





 

上離宮の池を作るときに土堤に石垣で4段の土留をしたがあまりにも殺風景だったので常緑樹を植えて大刈込みとした。


帰りは北山通りを歩いて松ヶ崎で地下鉄に乗り帰宅。暑さで疲れた一日であった。