2013年12月5日木曜日

12月4日石山寺へ

2013年12月5日木曜日8時42分 晴れ

朝喉が少々痛く身体が重いので早朝スロージョギングがやめ。厚着をしてゴミ出しと天孫神社へ。
今日からマスク生活へ。怪しいおじさんに。

昨日は、好天に誘われ京阪石坂線で石山寺へ、しじみ飯を食べに行く。

京阪石山駅











石山駅からみた瀬田川













まずは昼食。老舗の石柳へ。













ランチは鯉の洗いがついたしじみ飯。

右側が鯉の洗い。
湯気がでている出汁巻き卵も美味。
天ぷらのエビは今一。
煮物は薄味。





 これがししみ飯。料理の味が濃いためかシジミ飯は控えめな味。
 
小鉢が、なぜか蕎麦。
 
石柳の全景
 
飲食店が並ぶところの紅葉。
既に相当落葉しており、ピークは過ぎた。
 
山門を潜りしばらく行くと受付。そこまで紅葉を見に行くことに。
 


 
山門を潜ると紅葉が



 
覗いているモデルは?

枯れた木々も趣が







我々みたいな夫婦が散歩。何しろ空いているのが良い。






 
石山寺を出て駅の方へ戻るとすぐに。たばしるで有名な和菓子屋「茶丈藤村」が。
 
島崎藤村との関係を絵物語で。

藤村の「茶大記」の一節
 
ぜんざいを食べる。豆は丹波産で850円で結構甘い。お薄を頼んだほうが良かったか。
 白玉ぜんざい。
白玉が多い!

 
 餅入りぜんざい。餅は近江米。


 
 

2013年12月4日水曜日

12月3日リサイクル店へ

2013年12月4日水曜日8時48分 晴れ

今日は寝坊をして早朝のスロージョギングはなし。トトの散歩と天孫神社へのお参りのみ。

昨日は腰痛の原因の一つである電気マッサージ機の処分をどうするかで妻と相談。
とりあえずリサイクル店へ行ってみた。以前ハードオフ系では難しいと言われたので地元の店へ。
意外と購入可能との返事。それも取りに来てくれると。値段も以外に(!笑!)。
ついその店でカバンを購入してしまった。
処分となると大型ゴミとして出すのは良いがいかに処分場まで運ぶか?一人ではまた腰痛になる重さ!
これが悩みの種であったが、アリガタヤアリガタヤ!!取りに来てくれてお金までくれる。
こんな仕組みで先方は利益がでるのか疑問だが、そこは考えず。
使いたいと思っている人がいるのだろう。だから相場があり仕組みがあると思っておこう。

2013年12月3日火曜日

12月2日湖南三山(続)

2013年12月3日火曜日8時23分 晴れ

今日の早朝は割と暖かく、久しぶりにスロージョギングへ出かけるが、やはり朝は寒い。

[続き]
昨日の湖南三山へ行く途中、お茶の先生であるKさんから電話があり、野洲でお茶をしているので来ないかとの誘いがあった。とりあえずは行けそうであったら行くと返事をして湖南三山へ。
常楽寺、長寿寺をのんびり見すぎてした結果、永源寺近辺での食事は断念。

昼食をどうするかと考えたところ、石部にHさんが居られるので電話で美味しいところを聞いてみようと電話。紹介を受け一号線を行くがよく分からず、近江ちゃんぽんをトライ!
長崎ちゃんぽんのイメージで入ったが以外に美味しかった。
彦根ちゃんぽんと違うのかと聞いたら同じとか?よくわからないが、バイトに聞いても埒があかないのでそのままに。

2時近くなり永源寺等は次の機会にとして、お茶に行くことにして野洲方面へ。
一号線を草津方面へ行き、途中から27号線へ。
近江富士で有名な三上山の横を抜け野洲市役所方面へ。大成産業の本店の前に茶室があり、そこでお茶をいただくことに。
Kさんとは以前京都の清涼華寺のお茶席で、先生とお茶をいただきながら長々と談笑。
話をしているうちにお互いに以前住んでいたところが近いことが判明し、さらに話が弾んだ経緯がある。
そんな縁で今回お茶に誘われた。
このお茶室「清々庵」で、美味しい和菓子とお濃茶をいただき、更に談笑。
三重県のある一族が伊勢に持っていたお茶室を、戦中に伊賀へ疎開させたものをここに移設したものとのことで、なかなかの茶室。流派は裏千家とか。






 
次の再会を約束して帰宅。

12月2日湖南三山

2013年12月2日月曜日18時3分 晴れ

今日は朝から天気もよく永源寺に行こうと出かけた。
高速を通らずに行ってみようとトライ。
瀬田ゴルフコースを抜け大戸川沿いに進む。16号が通行止めの標識があり108号線へ。桐生、を経て113号線へ。すると湖南三山の常楽寺の標識があり、目的地を変更して三山へ。

まずは常楽寺。
和銅年間、元明天皇の勅命により良弁が開基した阿星寺5千坊の中心寺院、紫香楽宮の鬼門鎮護として栄えたてらとか。







 





 
 




次は、長寿寺へ。聖武天皇の天平年中良弁僧正によって建立された勅願寺。聖武天皇は世継ぎがなかったので良弁に祈請せしめたところ、まもなく皇女降誕。
天皇は七堂伽藍、廿四坊の寺を建立し、子安地蔵尊を行基に刻ませ本尊として皇女の長寿を祈願したとか。

 




 

 
 
 
ここには三重塔があったが、信長の安土城山中の摠見寺に移された。

 




 
今回は三山の内この二寺まで(続編あり)